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広島高等裁判所 平成7年(う)136号 判決

裁判所書記官

細木明久

国籍

韓国

住居

広島市西区東観音町三〇番一三-二〇四号

会社員

中村雅之こと趙性光

一九四四年一一月一〇日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、平成七年二月二四日広島地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官野田義治出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人田中森一、同提中良則連名作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官野田義治作成の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

第一控訴趣意中、事実誤認及び法令適用の誤りの論旨について

論旨は要するに、原判決は、被告人が、株式会社ダイホウ(以下、ダイホウという。)の代表取締役をしていた木村靖弘(以下、木村という。)、同会社の取締役をしていた古谷芳行(以下、古谷という。)、株式会社ノバ総合企画の代表取締役をしていた長谷川勝(以下、勝という。)、有限会社安全施設(以下、安全施設という。)の代表取締役をしていた長谷川禮三(以下、禮三という。)らと共謀の上、法人税を免れようと企て、ダイホウ所有の本件土地を売却するに際し、ダイホウと真実の買主との間に安全施設が買主・売主として介在しているように仮装した土地売買契約証書を作成し、売上の一部を除外する方法により所得を秘匿した上、ダイホウの原判示事業年度における実際の所得金額、課税土地譲渡利益金額よりも少ない金額を記載した内容虚偽の確定申告書を提出し、正規の法人税額と申告税額との差額を免れた旨認定、判示して被告人に対し法人税虚偽過少申告ほ脱犯の共同正犯の罪責を負わせているが、被告人は右共同正犯の罪責を負うべき重要不可欠な役割を果たしているとはいえず、また、被告人が関与したとされる所得秘匿工作は右ほ脱犯の実行行為に当たらず、被告人の罪責は幇助犯に過ぎないから、原判決には事実誤認ないし法令の解釈、適用の誤りがある、というのである。

しかしながら、原審の記録及び証拠物を調査して検討してみても、被告人に対し原判示法人税虚偽過少申告ほ脱犯についての共同正犯の罪責を認めた原判決の事実誤認及び法令の解釈、適用は、原判決がその理由中の「弁護人の主張に対する判断」の項において所論に関連して認定、説示するところも含め、当裁判所もこれを正当として是認することができ、当審における事実取調べの結果によってもこれを左右するものはなく、原判決に所論の事実誤認ないし法令の解釈、適用の誤りがあるとは認められない。

以下、所論にかんがみ、若干補足して説明する。

被告人の原審公判廷における供述、被告人(原審検一五六号、一五七号、一五九号、二二一号)、古谷(原審検一三一号、一三二号)、木村(原審検一六八号)、勝(原審検一四六号ないし一四八号)及び閑田邦彦の各検察官調書など原判決挙示の関係証拠によれば、本件土地に関する内容虚偽の譲渡利益金額も含めた原判示事業年度のダイホウの法人税確定申告書が平成元年一一月三〇日広島東税務署に提出され、これには被告人が関与していないことは明らかであるが、原判決が認定するように、次の事実が認められる。すなわち、

(1)  不動産の仲介等を目的とする有限会社シーアイホームを実質的に経営していた被告人は、昭和六三年一月ころ本件土地の売却情報を伝え聞き、ダイホウの取締役であった古谷らに対しその売却仲介方を申し出て買主を探すようになったこと、その後、古谷やダイホウの代表取締役であった木村が、本件土地の売却価格を一七億四、〇〇〇万円(坪当たり四〇〇万円)でその利益として約一〇億円程度を確保したいと考え、その当時、通常の法人税に加えて超短期所有土地の譲渡利益に対し重い課税が課せられ、正規に法人税を申告して納税するならばそれだけの儲けが残らないので、いわゆるダミー会社を使った脱税手口、つまり、ダイホウと真実の買主との間に他の会社が買主・売主として介在しているように仮装し、ダイホウの売上の相当分を除外して申告する方法によりダイホウの法人税を脱税することを決め、その脱税協力の報酬としてダミー会社側に一億円位を、また、その仲介役の被告人に九、〇〇〇万円位を考えるようになり、被告人は、同年五、六月ころ古谷からその旨を聞いてこれを引き受け、同年八月ころ知人の勝に対し右報酬を示して脱税のためダミー会社となる適当な会社探しを頼んだこと、その後、勝からその旨を聞いた兄の禮三が休眠会社である安全施設を買い取り、同人らがダミー会社として安全施設を用意したこと、被告人は、これを古谷らに報告し、被告人及び古谷らとの間で、安全施設をダミー会社として介在させ、本件土地を前記売却価格で三甲不動産株式会社(以下、三甲不動産という。)に売却することを決定したこと、

(2)  被告人は、右買主側の仲介担当者から、ダイホウと安全施設との間の土地売買契約証書の写し等の提出を求められたので、同年九月初旬ころ、契約日を昭和六三年六月六日、売却価格を六億六、〇〇〇万円、引渡日を昭和六三年一二月二五日とする架空の土地売買契約証書を木村、勝らの協力を得て作成してその写などを右仲介担当者に渡したこと、その後、一時期、右売却の話が頓挫したものの、再交渉の末、話がまとまり、同年一一月下旬ころ、再度、引渡日を昭和六四年二月二八日とするほか内容が右同旨であるダイホウと安全施設との間の架空の土地売買契約証書を古谷、木村、安全施設側の安永勝一らの協力を得て作成したり、その後の本件土地の三甲不動産との間の売買契約の締結、小切手による代金の支払い、右小切手の換金、報酬の分配などに終始加担しており、古谷らの計画した所得隠匿工作に深く関与していること、また、被告人は、前記約束に従って古谷らから少なくとも報酬として九、〇〇〇万円を手に入れていることなどの事実が認められる。

被告人の当審公判廷における供述中、右認定に反する部分は関係証拠及びこれによって認められる事実関係に対比して措信し難い。

所論は、被告人の本件への前記関与が不動産売買の仲介業を主たる業務とする会社を経営する者としての当然の行為であって法人税法違反と直結するものではない、また、当時の不動産取引ではダミー会社を介在させることが日常茶飯事であり、弁護士がダミー会社探しにかかわっており、ダミー会社の介在が違法であるかは被告人にとって判然としなかった旨主張するけれども、前記事実関係によれば、被告人は、ダミー会社探しを依頼された当初から古谷らの脱税の意図を了解していたことは明らかであるから、所論は採るを得ない。

以上の事実関係によれば、被告人は、他の共犯者と税を免れるについて共同実行の意思及び自らも利得を得る意思を持って本件犯行を自己の犯罪としてこれに加功したものと認めるのが相当であり、少なくとも、被告人には本件について共謀共同正犯の罪責が認められることは明らかである。

なお、所論は、原判決が「弁護人の主張に対する判断」の項において、「被告人が本件法人税の虚偽過少申告行為に直接関与していない。」旨認定、判示しながら、「事前の所得秘匿工作のみに関与した場合であっても、ほ脱を共同して実現し、自らも利得する意思の下に、事前の所得秘匿工作につき重要不可欠の役割を果たした場合には、共同正犯(ほ脱犯の実行行為を虚偽過少申告行為に制限する考え方によれば、共謀共同正犯)が成立するものと解すべきである」旨判示し、結論的に「本件において、被告人が幇助犯にとどまるものとは到底解されず、共同正犯に当たるものと優に認めることができる。」旨認定、判示している点を捉えて、法人税法一五九条にいう「偽りその他不正の行為」には、被告人のように所得秘匿行為のみにかかわり、その後の過少申告行為にかかわらなかった場合は含まれないから、被告人はその共同正犯の罪責を負うものでなく、幇助犯の罪責を問われるに過ぎない旨主張する。しかし、原判決の判示内容を検討すると、原判決は、「弁護人の主張に対する判断」の項の中で、被告人が本件ほ脱事犯につき関与した行動及びその経過について関係証拠によって詳細に前述と同内容の事実を認定、判示した上、それらの事実を総合的に評価して、被告人が幇助犯にとどまるのではなく共同正犯に当たる旨認定、判示しているのであって、原判決は、法人税法一五九条一項の「偽りその他不正の行為」の解釈について、虚偽過少申告行為のみならず、事前の所得秘匿行為をも包括するとの見解(包括説)あるいは虚偽過少申告行為のみであると制限的に解する見解(制限説)のいずれに依拠するとも明示していないのであるから、制限説のみに立って原判決を論難する所論は当を得ておらず、右包括説に立っても、また、所論の制限説に立っても、本件においては共謀共同正犯が成立することは明らかであるから、いずれにしても所論は採るを得ない。

したがって、被告人に対し原判示虚偽過少申告ほ脱について共同正犯に問擬した原判決には事実誤認及び法令の解釈、適用の誤りがあるとは認められない。論旨は理由がない。

第二控訴趣意中、量刑不当の論旨について

論旨は要するに、被告人に対する原判決の量刑が不当であるというので、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討する。

本件は、被告人が、株式会社ダイホウの代表取締役であった木村ら原判示共犯者と共謀の上、同会社の法人税を免れようと企て、同会社所有の本件土地を売却するに際し、同会社と真実の買主との間に有限会社安全施設が買主・売主として介在しているように仮装した土地売買契約証書を作成し、売上の一部を除外する方法により所得を秘匿した上、右ダイホウの昭和六三年一〇月一日から平成元年九月三〇日までの事業年度における実際の所得金額が一〇億八、三九八万七、四二五円で、課税土地譲渡利益金額が一二億三、三九〇万一、〇〇〇円であったのにかかわらず、平成元年一一月三〇日広島東税務署において、同税務署長に同事業年度における所得金額が三九八万七、四二五円で、課税土地譲渡利益金額が一億五、三九〇万一、〇〇〇円であり、これに対する法人税額が四、六五三万五、九〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同事業年度分の正規の法人税額八億二、三四九万四、八〇〇円と右申告額との差額七億七、六九五万八、九〇〇円を免れたという法人税法違反の事案であるところ、右ほ脱額は七億七、六九五万八、九〇〇円であり、ほ脱率も約九四パーセントと高率であり、被告人の関与の動機に格別酌量すべき点があるとは認められず、その利得額も多額であり、加えて、被告人は、昭和三六年一〇月から昭和五〇年七月にかけて、道路交通法違反、傷害、業務上過失傷害、わいせつ図画販売の罪により六回罰金刑に処せられたほか、昭和五七年五月宅地建物取引業法違反の罪により、昭和五八年一月出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律違反の罪により各罰金刑に処せられたのに、自戒することなく又しても本件犯行に及んでいるのであって、被告人には法規範軽視の性向も認められることなどに徴すると、その刑事責任は軽視することができない。

そうすると、被告人が本件に関与したことにつき反省の態度を示していること、今回の事件が報道されたりしたことにより社会的、経済的な不利益を被ったこと、被告人の健康状態など記録上認めることができる被告人のために酌むべき情状を十分に斟酌しても、被告人を懲役二年、四年間執行猶予に処した原判決の量刑が重過ぎるものとはいえない。なお、所論は、本件ダミー会社の介在については被告人が弁護士に説得されたものであったから、本件脱税に関する被告人の違法の認識程度が弱かったという点について原判決が量刑上考慮していない旨主張するが、原判決は量刑の事情を判文上明示しておらず、その点を論難する所論は採るを得ない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒木恒平 裁判官 松野勉 裁判官 山本哲一)

平成七年(う)第一三六号

控訴趣意書

被告人 中村雅之こと趙性光

罪名 法人税法違反

右の者に対する法人税法違反事件について、弁護人らの控訴趣意は次のとおりである。

平成七年一一月一四日

右被告人弁護人

弁護士 田中森一

弁護士 堤中良則

広島高等裁判所第一刑事部 御中

第一、法令適用の誤りの控訴趣意

一、原判決は、

「弁護人は、(一)被告人は、本件法人税ほ脱の実行行為である虚偽過少申告行為には直接関与しておらず、本件土地の売却にあたってなされた所得秘匿行為に関与したに過ぎないこと、(二)仮に所得秘匿行為が法人税ほ脱の実行行為に該当するとしても、被告人は非身分者であるから、法人税ほ脱の共同正犯が成立するためには、所得秘匿行為につき、正犯と同志しうる程度の積極的関与が必要であるが、被告人が古谷芳行らの脱税の意図を認識した時点では、すでに本件土地売買の真実の買主及び安全施設をダミー会社として介在させること等の決定がなされており、被告人が右認識後に関与した行為は、本件所得秘匿行為の付随的部分にすぎないことを理由として、被告人は本件の幇助犯にすぎない旨主張するので、検討する。

被告人が本件法人税の虚偽過少申告行為に直接関与していないことは記録上明らかであるが、事前の所得秘匿工作のみに関与した場合であっても、ほ脱を共同して実現し、自らも利得する意思の下に、事前の所得秘匿工作につき重要不可欠の役割を果たした場合には、共同正犯(ほ脱犯の実行行為を虚偽過少申告行為に制限する考え方によれば、共謀正犯)が成立するものと解すべきであるところ、前掲の証拠によると、被告人は、本件土地の売却情報を得て、ダイホウの古谷芳行及び木村靖弘(以下『古谷ら』という)にその売却仲介方を申し出ていたが、昭和六三年三月ころには、古谷らから本件各土地の売却価格が総額一七億四、〇〇〇万円(坪当たり四〇〇万円)であるとの情報を得て、独自に買主を探していたこと、同年五月ころ古谷らは、本件土地の転売利益として一〇億円程度を確保したいと考え、そのため、前記売却価格を維持するとともに、ダイホウと真実の買主の間にいわゆるダミー会社を介在させ、ダイホウの売上金の一部を除外し、譲渡所得の一部を秘匿して脱税することを決意し、同年六月六日付で、ダミー会社からダイホウに手付金六、〇〇〇万円が入金されたかのような偽装工作を行なったこと、被告人は、そのころ右古谷から、本件土地の売却仲介にあたっては、買主のみならず、中間に介在するダミー会社も調達するように指示されたため、同年七月ころから、本件土地の売主側仲介者として、買受けを希望する三甲不動産株式会社(以下『三甲不動産』という)の仲介担当者らと頻繁に連絡して売買交渉を積極的に進める一方、同年八月ころ、知人の長谷川勝彦に対し、相応の報酬を支払うことを条件に、税金対策のため不動産取引において中間省略する会社を探してほしいと述べて、ダミー会社探しを依頼したこと、右長谷川勝彦及びその兄の長谷川龍三は、右依頼脱税のためのダミー会社探しと理解した上、同月下旬ころまでに、右龍三が休眠状態の会社である安全施設を買取り、被告人の依頼にかかる会社として準備したこと、被告人は、これを古谷らに報告し、被告人及び古谷らとの間で、被告人を仲介役とし、安全施設をダミー会社として介在させて、本件土地を前記売却価格で三甲不動産に売却することを決定したこと、被告人は、同年九月二日ころ、三甲不動産側に対し、税金対策のため本件土地をいったんダイホウの関連会社に売却した上、三甲不動産に売却する旨告げたことまた、三甲不動産側の要請を受けたことから、ダイホウ、安全施設間の本件土地売買契約書(契約日は前記仮装手付金入金日と同日に遡らせた。)を作成したこと、その後、被告人は、ダイホウ、有限会社シーアイホーム(以下『シーアイホーム』という)間の本件土地売却に係る専任媒介契約書等を同年六月一日付で作成し、安全施設、シーアイホーム間の本件土地買受け仲介に係る書類は作成していなかったところ、これも三甲不動産側の要請があったため、同年九月七日付で作成したこと、また、古谷らと協議して、被告人の報酬額を九、〇〇〇万円、安全施設関係者の報酬額を一億円としたこと、その後、ダイホウ、三甲不動産間の売買交渉は、いったん不調となり頓挫していたが、同年一一月上旬ころ、再開され、被告人が売主側仲介者となって、売買契約が成立し、被告人は前記額の報酬を得たこと、これら一連の契約過程において、被告人は、ダミー会社である安全施設の実態、資産状況等について、何ら関心を払った形跡がなく、安全施設の役員らに本件土地の売買条件等について指示を受けたり、報告した事実もないこと、安全施設との専任媒介契約書も前記の経緯で作成されたもので、様式も杜撰なものであったこと、被告人は、古谷らと、安全施設の本件土地買受け、売却の仲介をなす名目で、七、〇〇〇万円の報酬金を得ること、右金額については、シーアイホームの帳簿上、計上しない扱いとすること、前記長谷川兄弟に合計一億円の報酬が支払われることを協議していること、被告人が昭和五五年ころから不動産取引に従事しており、真実の売買当事者間に、第三者を介在させて売買形態を仮装する脱税の手口を知っていたことが認められる。

これらの事実に照らすと、被告人はダミー会社探しを依頼された当初から古谷らの脱税の意図を了解していたものと認めるに十分であり、被告人が本件土地の売主側の仲介役として、買主探し、ダミー会社調達、売買交渉、契約書類等の作成、送付、契約及び代金決裁の立会い、三甲不動産から代金支払いのため交付をうけた小切手の換金、報酬の分配等の終始関与しており、古谷らの計画した脱税の実現に必要不可欠な役割を果たしたこと、その結果、少なくとも九、〇〇〇万円の報酬を得たこと、ダイホウが虚偽の脱税申告を行った後、安全施設に対し、再三税務申告をするよう促し、そのため、長谷川龍三らに要求された金員を自らの負担で支払い、本件脱税の発覚防止に務めていることを総合すると、本件において、被告人が幇助犯にとどまるものとは到底解されず、共同正犯に当たるものと優に認めることが出来る。」旨判示した。

二、しかし原判決は、被告人を虚偽過少申告行為に直接関与していないことを認めながら、「ほ脱を共同して実現し、自らの利得する意思の下に事前の所得秘匿工作につき、重要不可欠の役割を果たした場合には共同正犯が成立する。」と認定したのは、法人税法第一五九条の「偽りその他の不正行為」の解釈を誤った法令違反である。

もともと法人税法違反の構成要件とされる、「不正行為」には、虚偽過少申告行為のみをいうのか、所得秘匿行為も含むのかについて、裁判例は両説に別れ、いまだ最高裁判所の判例がないところ、原判決は、「事前の所得秘匿行為につき、重要不可欠な役割を果たした場合」という条件をつけて、所得秘匿行為を、法人税法違反の実行行為とみる説を採用したことに他ならない。

三 法人税法違反の実行行為に、所得秘匿行為が含まれるべきかそうでないのかは、刑法の構成要件の明確化という憲法第三一条の要請からも、一義的に決定されるべきである。そこに原判決の様に「重要不可欠な役割を果たしている場合」などという、証拠による事実認定にかかわるような独自の概念を介在させる余地は全くない。

そうであるなら、法人税法違反の罪質が「税を免れること」である以上、所得秘匿行為は右罪の準備又は前提行為にすぎず、所得秘匿行為のみにかかわり、その後の過少申告行為には一切かかわらなかった本件の被告人の様な場合は、法人税法の共同正犯の罪責を負うものではなく、せいぜい幇助犯としてその罪責を問われるのは当然であろう。

第二、事実誤認の控訴趣旨

一、原判決が過少申告行為の前提である「所得秘匿行為」が「重要不可欠な役割を果たしている場合」は、法人税法違反の共同正犯となるとした法人税法第一五九条の解釈が誤りであることは既に述べたとおりである。

しかし、仮に百歩譲って原判決の解釈を採用するとしても、本件の被告人の行為は、「重要不可欠な役割を果たしている。」とは言えない。

二、即ち原判決は、被告人の行為を

(1) 本件土地の売却情報を、ダイホウの古谷芳行や木村靖弘から得て、独自に買主を探していたこと、

(2) 本件土地の転売利益として一〇億円程度を確保したいと考え、ダイホウと真実の買主との間にダミー会社を介在させ、脱税することを決意したこと、

(3) ダミー会社からダイホウに手付金六、〇〇〇万円が入金されたような偽装工作を行ったこと、

(4) 知人の長谷川勝彦にダミー会社探しを依頼し、長谷川らは右依頼に基づきダミー会社として安全施設という会社を探し出したこと、

(5) ダミー会社を介在させた本件土地の売買契約書を作成したことなど本件土地売買契約の実現にむけ、いろいろな行為をしていること、

をあげ、これらが結局のところ原判決の言うところの「重要不可欠な役割」という。

三、しかし原判決があげた(1)から(5)までの行為のうち、(1)(3)(5)は被告人の様な不動産売買の仲介業を主たる業務とする会社を経営する者が行なう当然の行為であり、それがそのまま法人税法違反と直結するものではない。

また、(2)及び(4)については、当時の不動産取引ではダミー会社を介在させることが日常茶飯事であったことを考えると、被告人にとってダミー会社の介在ということが違法なのかどうかは、判然としなかったことが当然である。

しかも忘れてはならないのは、本件取引でのダミー会社を探してきたのは、被告人ではなく、被告人が相談をした緒方俊平弁護士である点である。

原判決は、被告人が「私は緒方弁護士が長谷川勝彦にダミー会社を探させたときいて、反対した。しかし緒方弁護士が長谷川で大丈夫というので、それに押し切られた。」と弁解しているにもかかわらず、右緒方弁護士から一切事情を聞くことなしに(供述調書すらない)、被告人の共同正犯としての責任を認定している。

通常、法律専門家の弁護士が不動産取引に入った場合、その取引が適法に行なわれていると考えるのが前提であり、しかも本件の場合は、弁護士が自らの判断で長谷川を使い、そしてダミー会社を用意した後で、被告人を説得しているのであるから、「ダミー会社を用意した」のは、被告人の行為ではなく、緒方弁護士の行為である。(控訴審で緒方弁護士を証人として申請して、立証する予定)

従って原判決があげた(2)と(4)の行為も、被告人として、本件の法人税法違反について、「重要不可欠な役割」をしたと認定されるものではない。

第三、量刑不当の控訴趣旨

一、被告人の量刑については、原判決の弁論要旨で述べたとおりであるが、次のことを追加する。

二、即ち前記第二でものべたように、本件の脱税事件には、法律の専門家であるべき弁護士が深く関与しており、被告人は、その弁護士に説得される形で、本来なら反対していたはずの、長谷川が探してきた安全施設というダミー会社を使っての取引行為を敢行したものである。

従って本件の脱税行為についての被告人の違法の認識の程度は、極めて弱かったものであり、その点原判決は全く量刑上考慮していない。

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